ひらりと桜という歌が好きですという話。

みんなーーー!!!!!
Snow Manの公式YouTubeチャンネルに彼らの滝沢歌舞伎ZEROの名曲 ひらりと桜 がアップされたよーーー!!!!!
 
 
忘れもしない、2019年3月に病室で観たMステひらりと桜、そして7月の音楽の日のパフォーマンスで心鷲掴みにされたオタクなので、ひらりと桜の話をしに来ました。
ちなみに死にかけてSnow Manに沼落ちした話はこれ。 
 
 
メロディラインはもちろん、日本の国花である桜をテーマにした歌詞、そしてその桜をSnow Man9人に見立てたA.B.C-Z五関晃一くん監修の振り付け全てが「美」のパフォーマンスで大好きなんですよ。
これが無料で公開されちゃうなんて世も末だな!!!!!!!(世も末?)
みんな、観てください。
 
というわけで私は今回この曲の歌詞に注目して、また色々調べたので勝手に解釈してみたいと思います。 
 
まあ相変わらず言いますけど、ただのオタクの勝手な解釈なんで。最後まで書いて思ったけどめっちゃ勝手な解釈なんで。書きたかっただけ!
滝沢歌舞伎に意味なんてない、たぶんそれが正解です。解釈は人それぞれ、正解は滝沢秀明の頭にしかないよ!
 
 

ひらりと桜という歌が好きです、という話。

私はこの曲、歌詞が良いなあと思っている。というのも、歌詞は全て古典的な日本語で、日本の美学に則った「祈りの歌」だからかもしれない。
思いっきりトランペットやフルート、ドラムやピアノの音突っ込んだ洋楽器の楽曲なのに、歌詞はすべて日本語。それも古典文学に出てきそうな言葉を並べて和歌のような歌詞になっている。流石に五七五七七ルールはないっぽいけど。あったら震えてた。
 
で、和歌や短歌というのは文字数に制限があるので、掛詞という同音異義語で心情や描写を掛け合わせて表現する技法*1を使うことが多い。学生時代に古文で勉強したな~~!!
そう考えるとひらりと桜を聴いていて、結構引っかかるワードがあるんですよね。「これってダブルミーニングだよな?」みたいな。そこをちょっと拾い集めて、言葉調べて、この曲に込められた想い・祈りを整理してみようかな、と思う次第。

 

 

歌の役割について

そもそも歌の役割って何だろう?と思いませんか。(スケールバカデカな入り)

私は、歌というものは元々祈り・集団の団結・伝承といった目的があると思う。まあこれは持論ですけど。

 

ちょっと大きい話になるが、日本国歌である君が代やフランス国歌のラ・マルセイエーズを例に挙げる。

君が代は「天皇陛下の世が永遠に平和に栄え続きますように」という祈り*2であり、ラ・マルセイエーズは「武器を持て市民よ!軍隊を組め!」という集団の団結を呼びかける歌*3。まあ歌詞だいぶ過激なんですけど。

これらを一緒に歌うことで「その集団に所属している」という仲間意識や、同じ祈りの共有を強めるんですよね。たぶん。

また歌による伝承でいえば、身近なのは「あんたがたどこさ♪」に代表されるような手鞠歌*4とかでしょうか。

リズムに乗せて歌い継ぐことで、ただの口頭伝承よりも正確に(そりゃ文字として残るよりはだいぶ弱い)物語を後世に残しています。余談ですが、論文やレポート資料にウィキペディアを載せるのはダメだからね。学生のみんなは気を付けましょう。先生に怒られるよ!

あとはキリスト教における讃美歌とかも「キリスト教祈りと伝承」の役割を持った音楽・歌ですね。

 

つまり歌というのは歌う人たちの仲間意識とか、作り手の祈りの共有、そして伝承を強める役割があると考える。

まあそういう話の研究は頭のいい人がたくさんやっていると思うので、興味あったら調べると面白いよ!(丸投げ)

 

 

ひらりと桜の歌詞を考える

 ここからは歌詞を使って考えてみるよ。

 

ひらり きらり 暁を踊れ 継ぐる夢のひとひら

天穿ち咲き誇る意志 照らす華 常世を舞う 

・暁→夜が明けようとして、まだ暗いうち。広辞苑によると「夜を三つに分けた第三番目。宵・夜中に続く。現在では、やや明るくなってからを指すが、古くは、暗いうち、夜が明けようとする時」*5

 

・天穿ち咲き誇る意志→「穿つ」とは色んな意味があるけど、「1、穴をあける。掘る。また、突き通す。貫く。2,押し分けて進む。通り抜けて行く。(中略)5,新奇で凝ったことをする。」*6あたりが該当するかと。

ここで何より「穿つ」というワードに引っかかるし、「天」を「あま」とわざわざ読ませていることからも、「雨穿ち裂き誇る石」=「雨垂れ石を穿つ」に掛けているのではないかと。

雨垂れ石を穿つ」→小さな努力でも根気よく続けてやれば、最後には成功する*7彼らに贈るにはこれ以上ないエール。

 

常世を舞う→「常=いつまでも変わらないこと。永遠に不変であること。」つまり、変わらず永遠に舞続けろ!という。

と同時に、さっき出てきた「暁」や「宵闇」から考えると、この歌詞には「夜」の雰囲気が沢山あるんですよね。「常世=とこよ=常夜」も掛詞として読み取れると思う。

=夜が続いても舞い続けてくれ!という願いも込められているのかなあと。夜というのは静かで暗く怪しい、不穏なものの表現でもある。

 

 

桜吹雪 酔い踊れ

新たなる幕開けだ

ひらり いにしえの桜 ひらり きらりと桜

・酔い踊れ→「酔う=酩酊する。うっとりとなる」「踊る=とびあがる。はねる。踊りを舞う。」*8

これも「酔い=宵」で掛けていると思うんだよね。「宵踊れ」はやっぱり1サビの「夜が続いても踊り続けろ」という願いに繋がるし、酩酊したように踊れ!というのはもはや狂ってるんだけど、後々Aメロで「狂い咲く桜」って出てきてしまう。(滝沢歌舞伎やべー!)

 

・いにしえの桜→「いにしえ=古代。昔。過去。以前。」「桜=春に咲く日本の代表的な花。古くから花と言えば桜をさした。」

 

 

月明かり照らす夜に 狂い咲く桜

宵闇にうつる花びらは 夜を明かしてく

 この歌詞は凄いなあと思っていて、さっきも少し触れた「桜吹雪酔い踊れ」に意味として共通する「狂い咲く桜」なんですよ。一心不乱に狂ったように踊れと。

滝沢歌舞伎って良い意味でメチャクチャに狂った舞台だというのはみんな知ってると思うけど、もうオープニング時点で「狂ってるから!」て紹介してる。ヤバイ。

でもその狂い咲く桜の花びらが、暗く静かで不穏な「夜」を明かしていくという描写。

 

 

栄華を極めた華は 継ぐる種を花咲かす

想い巡りてひとひらの灯が 浮世に灯る

 ・栄華を極めた華は→「栄華を極める=莫大な財力や権力を手にして、これ以上ないというほど富み栄えるさまを指す表現。」*9

平家物語の「盛者必衰の理」を意識しているはずなので、栄華=必ず終わりがあるという考え方があるように思うんですよね。

 

・継ぐる種を花咲かす

ここは2019年版滝沢歌舞伎ZEROの円盤ドキュメンタリーでラウールくんが解釈をお話ししていたし、おそらくそれが正解なので敢えて使う。*10

栄華を極めた華=滝沢くん、継ぐる種=Snow Man

これ以上の解を出すのは間違いかなと。

 

・浮世→浮世は憂き世と同じで「浮世=1,仏教的厭世観から、いとうべき現世。つらいことの多い世の中。無常のこの世。2,死後の世に対して、この世の中。現実生活。人生。」この辺の意味かな。

⇒マジ色々ある世の中(夜の暗喩かもしれん)にSnow Manが明かりをつけろよと。

 

時は巡りて 夢はうたかた

芽は息吹き 暁を鮮やかに染める

・夢はうたかた→「泡沫=水面に浮かぶ泡。はかなく消えやすいものを泡にたとえていう。」

夢は儚く消えやすいものだけど、前述部分とつなぐと、継ぐる種が芽になって、暁=まだ暗い夜に明かりをつけるよ、になる。

 

 

ひらり きらり 浮雲避けて 永遠に届く ひとひら

映え映えも 灯る有涯に 魅せる華 常世を舞う 

特にめちゃくちゃ良いなと思うのがここから。

浮雲→「浮雲物事の落ち着きがなく不安定なさまのたとえ。」「雲=雲は自在に形を変える。そして大きさも色もさまざまである。内面の象徴としてもよく歌われる。」

 

・映え映え→「映ゆ=照り輝く。鮮やかに見える」

 

・有涯→「限りある存在。果てのあるもの。この世。人の一生についてもいう。」

ここの歌詞、「限りあること」を理解していながらも「永遠」「常世」を願っている。

盛者必衰、命あるものには限りがある、そして移り変わるから美しい、みたいな日本の美意識がめちゃめちゃ出てる部分なんですよね。

滝沢歌舞伎についてタッキーも、Snow Man(というか特に岩本照)も「日本の文化を世界に!」とよく言っているけど、まさにこれが1つ日本の美意識として歌に表現されていると思う。

これから花開く予定の子たちに「有涯」なんて終わりを匂わせるの、最高にロックですよ。

 

 

ひらり きらり 幽玄の舞は 幼目に見た 輝き

この手高く掲げて ひらり いにしえの桜

ここもとても好きな歌詞。 

・幽玄→「幽玄→1,物事の趣が奥深くはかりしれないこと。また、そのさま。2,趣きが深く、高尚で優美なこと。また、そのさま。(中略)4,中古の「もののあはれ」を受け継ぐ、中世の文学・芸能の美的理念の一。言葉に表れない、深くほのかな余情の美をいう。」

そして私は「幽玄=有限」に掛けていると思うんですよ。それは前述の「有涯」とほぼ同じで、むしろ「Snow Manは、滝沢秀明座長の滝沢歌舞伎の終わりを、目の前で見ていた」ことにも繋がるのかもしれません。

Snow Man9人とも、子どもの時からジャニーズにいて「幼目で」滝沢歌舞伎を観たり、出演したりしていることもふまえてこの歌詞を読むと、「その趣深さに魅入った子が、今、座長として舞いますよ」に繋がると思いません?まあ私の拡大解釈ともいえるんですけど。

 

なんかその、幼いときに心動かされた・魅入ったステージの真ん中で、新しく夢を抱えて踊りますよという描写がとても美しいんですよね。

 

 

継ぐる夢の ひとひら

天穿ち 咲き誇る意志 照らす華 闇夜を裂く

ここでまた出てくる「天穿ち 咲き誇る意志」。今度はその咲いた華(=花)が「闇夜を裂く」。暁を踊り、夜明けを照らして朝を連れてくる。

もしかしたらその「夜」は冬の暗喩かもしれないね。桜は春の季語であり、春とは明るさや最盛期・栄華・楽しい時期の表現でもあるので、春の時期に上演する滝沢歌舞伎そのものでもあります。寒く暗い冬から春を連れてくる、ペルセポネーかな!?(ギリシャ神話すな)

 

まとめ

そんな感じで言いたかったのは、ひらりと桜という歌は「限りあるとわかっていながらも、Snow Manという大輪の開花を、そして永遠を願う祈りの歌」、そしてそれを本人たちが歌うことによって「仲間意識を共有するもの」ではないかということです。

栄華には終わりがある盛者必衰の理や、有涯という考え方を前提に、「かならず終わりがある儚さ」のをわかっていながらも「咲き誇れ!舞い踊れ!」という最大級の願いが込められている。永遠なんてないんだけど、わかってるんだけど、という人間らしいわがままも込めて。

 

その考え方が日本的だなあと思うし、奥ゆかしいのかと思えば「酔い踊れ」「狂い咲く」なんていう、滝沢歌舞伎独特のクレイジーさも込められてて、切実な祈り。

 

そして今、2020-2021年って、コロナだのオリンピックの動向だの災害だのでまさに「憂き世」なんですよ。奇しくも「浮世に灯る」がとても合う時代。

色々2020年ありましたね。でもその中で快進撃をSnow Manは続けてきたね。ひらりと桜に込められた祈りを現実化している、とも言えるんじゃないかな。

 

ちなみに目黒蓮、ひらりと桜で本当に手を合わせて祈ってるんですよ。3:38あたり。胸がギュッとするね。

youtu.be

 

人生にも人の心にも永遠なんてないけど、ずっと見ていられたらどれだけ幸せかと思う。でも永遠がないからこそ、今を全力で楽しみたいね。

そんな感じで好き勝手な解釈は終わっておきます。

言いたかったのは、ひらりと桜の世界観が大好きやで!ってこと!!!!

 

まあ、深い意味なんてないのが滝沢歌舞伎の醍醐味だよ!

おわり。

 

 

滝沢歌舞伎ZERO 2020 The Movieの円盤マジ楽しみです。