私は少女漫画を客観的に読んでいると思う話。

突然ですが、わたしは少女漫画が好きです。

好きと言っても、今までに読んだことのある少女漫画はそんなに多くないと思います。むしろ全話読んだのは指2本で収まります。

全巻読んだものを紹介すると、

 

はいからさんが通る / 大和和紀 

母が少女時代に全巻揃えてたので連載終了数十年後だと思いますが読みました。

 

神風怪盗ジャンヌ / 種村有菜

小学生の時に友人と回し読みして全巻読破。好きすぎて中学生の時に、これもまた連載終了十年後くらいでしたが、自分の意志で買い揃えました。わたしの中で少女漫画と言ったらこれになる。

 以上。

 

好きと言いながらめっちゃ少ないやんけ!と言われても仕方ない。ただ買い続ける気力と財力と情報がなかっただけです。どうでもいいですけど小学生時代はちゃお派でした。1年間だけ買い続けました。そして飽きた

今回はわたしの「少女漫画といえばこれ」になっている②の神風怪盗ジャンヌをベースにちょっと書きたいから書いてみる。

 

わたしが少女漫画で特に好きなのは、主人公と主人公の相手役が可愛かったりかっこいいものです。上記の神風怪盗ジャンヌだと、主人公の日下部まろんは容姿端麗、運動も勉強もできるみんなに慕われる子だし、相手役の名古屋稚空も容姿端麗で運動も勉強もできるこれまたみんなに好かれる子。とてもその辺にいる子ではない。もちろん自分でもない

漫画の世界観自体が、空を飛んだり魔法のような技を使ったりする半分ファンタジーのようなものだったのも大きいかもしれない。まろんを自分に投影して「稚空と恋愛したい」と思うよりも、2人を応援する観客のような視点で読んでいた。言うなればモブのクラスメイト。いやクラスメイトにさえなれない、離れたクラスの子のような全く関係ない第三者の視点かもしれません。

確かに稚空というキャラクターは大好きです。でも、稚空にはまろんが最高にお似合いだった。稚空みたいな人と恋愛したいと思っても、現実にいるわけないし、自分はまろんのようにこんなに魅力的な子じゃない(真顔)という思考の流れ。恋愛は自分みたいなその辺にいる子じゃできないんや、と。じゃあまろんと稚空の恋愛を読んでキュンキュンしてればいいやんけ!みたいな。

この視点を手に入れていたためか、以降どのような少女漫画や小説を読んでも、主人公の女の子を自分と重ねることはなかった気がします。だけじゃなくて、ストーリー上で出来上がったカップルをそのまま応援する節があります。公式カップル至上主義という感じでしょうか。

 

ちなみにジャニーズを応援しているわたしも、そのようなより客観的な視点が多くあると思います。所謂本気愛が良いとは思わないけれど、ジャニーズに対して「恋する」よりも「観る」ことを重視しています。だからわたしのツイートやブログには「かっこいい」や「美しい」というワードが多く出てくるのかもしれません。ジャニーズだってわたしの非現実の塊の1つなんだと思います。

 

脱線しましたがそんなわけで、自分が「恋する」というシチュエーションが全く分からなくて、恋愛は非現実的だと思っているところがあります。むしろ非現実を眺めるのが趣味になりつつあります。もう成人済みなのに残念ですね。とっても残念です。泣きたくなってきた。

 

そんな自分が、フォロワーさんの呟きに触発されて久々に少女漫画を読もうとしています。 

ひるなかの流星 1 (マーガレットコミックス)

ひるなかの流星 1 (マーガレットコミックス)

 

アマゾンでポチった。高校生の青春超ドストレートな少女漫画のようでとても楽しみ。

わたしが買った本や漫画で初めて実に近いものだと思います。でも主人公の女の子めっちゃかわいいです。楽しく読もうと思います

 

以上です。

書いてるうちにわからなくなったんだけど、まあ本当は何が言いたかったのかというと、「ひるなかの流星早く届いてくれ」だと思います。あとジャンヌちゃんはいつ見てもかわいいです。それだけです。

さんざん神風怪盗ジャンヌが悪いみたいに書いてしまっているけれどそうじゃないんだよ!それだけキャラクターが魅力的だったってことだよ!!